私の職歴について

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当ブログの著者情報とは別に、私の職歴を紹介したいと思います。

こんないい加減な経歴でもここまではやれるのか、という参考にして頂けると思います。

名前:麦酒マン

性別:男

年齢39歳(令和6年4月現在)

普通科高校中退

通信制高校へ編入

通信制高校卒業

地元の音楽系の専門学校半年で中退

音楽系では国内トップクラスと噂の県外の専門学校へ

2年生の前期まで通い中退

(在学中からパチスロにハマり消費者金融へ借金120万、身内からも合わせると200万ぐらいに)

21歳 運送会社で集配(契約社員)→病気のため入院

同運送会社の内勤事務へ

23歳 借金が返せなくなり任意整理→実家へ戻る→同運送会社の実家がある県支店へ異動させてもらい引続き内勤事務

26歳 司法書士や税理士に憧れる

事務仕事のもっと専門的なやつへ就職するため運送会社を退職(事務とはいえ運送会社なので接客やドライバーの手伝い等で荷物を運ぶのがキツかったのもある)

簿記やExcelを学ぶ職業訓練へ

28歳 年金関係の書類整理のアルバイト(1年契約)

29歳 不動産会社へパートで入社し正社員へ。仕訳や月次決算、給与計算や労働保険申告等事務全般を学ぶ

37歳 会社が解散し退職

建設会社の経理事務に就職するが営業補助みたいな事務だったためすぐ退職

もう経理は無理だと思い自動車関係の工場に就職するも体がついていけずすぐ退職

金属製造業の経理事務へ派遣で採用

病気が悪化しほぼ歩けなくなり半年で退職

38〜39歳 たまに1日だけのアルバイトへ行きながら10ヶ月療養

親に生活費を援助してもらうが全然足りず借金まみれ

体調がだいぶ回復し派遣のフルタイムで工場仕事

返済が追いつかず任意整理を検討中・・・

任意整理実行

〜保有資格〜

26歳 情報処理検定2級(excelの表計算)

27歳 運転免許 日商簿記2級

29歳 FP3級 FP2級

30歳 AFP

33歳 測量士補

※年齢については、誕生日が来たり来ていなかったりで多少の誤差はあると思います。

以下は補足です。↓ダラダラ解説していますので読みにくいと感じられたらすいません。

専門学校を中退→新しく行った専門学校も中退

実家を離れ仕送りをもらいながら通っていた専門学校を中退し、しばらく短期アルバイトや1日だけの派遣の仕事をして暮らしていました。工場や倉庫、引越しなどです。

もちろん学校を辞めたのなら仕送りはもらえません。このままではいけないとタウンワークで自分にもできそうな仕事を探さねばと思い、運送会社に申し込みました。

そこでは契約社員という形で採用になりました。まだ運転免許を持っていなかったのですが、その運送会社では台車を使って集配を行うので自分にもできる仕事でした。営業所で荷物を積み込み、担当エリアを台車を押しながら配達して、同時に荷物の集荷を行います。

終わるのは大体22時頃、日付が変わりそうな事もありました( ;∀;)

基本は午後からの出勤なので労働時間的には普通ですが、朝から出勤の日もあって、そうすると13~15時間前後の拘束ということになります。なかなかハードですが、1日だけの派遣の仕事もなかなか続かなかった自分が毎日ちゃんと働いている事が嬉しかったのと、単純に仕事が楽しかったのでそこまで苦になりませんでした。給料も大満足でしたし、このままお金が貯めるか親にお願いして運転免許をとらせてもらって、更に給料を多くもらえるトラックでの集配を目指そうなんてことも考えていました。

正社員になるには免許必須だそうで、契約社員では時給ですが、正社員になると集配した個数等により歩合がつくと言った話もあり、仕事がきついので「喜んで」とは言えませんが、がんばってみようかなと言う気持ちになっていました。

病気??

そんなある日足が痛くて台車を押して配達するのが難しいと感じる事がありました。元々その少し前から左足のくるぶしの辺りが痛い事があって、???という感じだったのですが、しばらく歩いていれば平気になるし痛くないこともあるのであまり気になりませんでした。

日に日に歩きにくい日が増え、配達を代わってもらい内勤の仕事を手伝う日が増えました。これではいかんと近くの整骨院に通い始めます。そこから整形外科等の病院を勧められ、大きい病院を紹介され入院することになりました。骨にばい菌が溜まっているとのことでその骨を取り出すような説明だったと思います。退院後は松葉杖でしたが少しして仕事に復帰できました。しかし以前のように配達はできず、完全に事務員として働いていくことになりました。

以上が私が事務仕事を始めたきっかけとなります。(ちなみに病気については現在も治療中で、治るものではないようです。悪くなれば歩けない日もありますし、良い時は走ったりもできますし、工場作業の仕事にも間で就いているぐらい調子のいい時もあります。)

運送会社で事務

基本的には「肉体労働ができなくなったから」なのですが、そもそも集配自体自分は楽しんで行えるものの全然回りより遅く、若いので主戦力みたいにはなっていましたが大して上達もしていませんでした。そして事務の仕事を始めてから気付きましたが、書類をまとめたり後から見ても分かるように詳細を書き記したりする作業が楽しいと感じる様になります。なんかまとまっていたり、細かいことをするのが楽しいという感じでしょうか。そもそも子供の頃からスポーツ等は全くやっておらず肉体労働が好きなわけでもなかったのです。たまたま求人の多い工場や倉庫、集配の仕事をやっていただけで。

と言うわけで事務仕事専業になり、そのままもっと上を目指したい気持ちになります。どうしようもない事なのですが、事務員ってどうしても「雑用」感があり、こなす作業は向いていてもポジション的につまらなく感じるのです。うまく言葉で表現できませんが「専門性」のようなものを求めるようになったという感じでしょうか。

就活へ

その後運送会社を退職しハローワークで仕事を探すのですが全然面接にも辿り着けません。「専門性」から司法書士試験の勉強を始めたりしていたので、そういう事務所には応募していましたが門前払い。じゃあ他の企業となると何を基準に選んでいいかもわかりません。そんな中求人を見ていてふと気付いたのが「経理事務」という単語の多さです。事実上一番多いのは一般事務でしょうが、“一般”ってついたりついてなかったりするし、あまり目立ちません。「経理」というと何か専門性を感じるし、募集も多いなと思ったのです。

そこで失業保険をもらいながら簿記を教えてくれるという職業訓練校へ通うことにしました。約10年ぶりとなる机に座って紙とペンを使ってやる“授業”。非常に懐かしく変な感じでしたが純粋に学ぶことが楽しいと感じました。そのせいもあってか内容はスラスラ入ってきて、あっという間に受講期間を終えました。ちょうど終わり頃に受けた日商簿記2級は不合格。。。その次の回で2級に合格できました。

気持ちも完全に事務に切り替わり、簿記もとって再就活をします。

事務仕事へ採用

そして1年の期限付きですが、年金の書類を受け付けたり誤字などをチェックする仕事へ採用となります。簿記が役に立ったのかは謎ですが、20代後半にして事務仕事への転職を成功させた瞬間でした。前述の運送会社の事務は、事務といっても接客が大半を占めるし、そもそも配達をやっていてからの転向なので、この会社が実質完全事務仕事の第一歩となります。

正社員へ

1年という契約期間を終え、また次を探すこととなりました。次に応募したのが自社所有の不動産の賃貸をしている会社の経理事務。ハローワークの募集記事から、なんとなく人数が少なそう=採用されそうみたいな感じで選びました。本当に小規模な会社でしたが、逆に社長がやること以外のほぼ全てをやることになり様々な経験ができました。仕訳の作成から帳簿への転記、給与計算や算定基礎届、労働保険申告等々想定もしてなかった分野にも手を出すことになり、非常に勉強になりました。人数が少ないためかメインの社員となることになり、ボーナスもあるしずっとこのまま働いていける様な気がしていました。

会社が解散

元々社長一人でやっている様な規模の会社でした。その為社長が会社を辞めると言えば終わりなのです。老後を考え引退されるという事になり会社を売却することになりました。まぁ入社した時点で自分と社長の年齢差を考えれば、自分の定年までもたないことは分かっていましたが、案外早く実行されたなという感想です。

再就職

年齢も38になりました。再就職は難しそうな年齢です。一応7年の経験付きですが、会社が小規模すぎたためそんなに複雑な処理が出てこなかったのです。例えば給与計算にしても残業は無いし年末調整でも扶養だ生命保険だという処理が出てきません。自分と社長しかいないので、その2名になければ無いのです。・・・強みの経理処理も毎月の売上、電話代やリース代等、そして固定資産税などの飛び飛びの処理がある程度で大したことはしてません。別記事でこれまでに運良く採用されたケースを紹介しますが(ダメなケースも・・・)、38歳簡単な経験のみで再度経理事務へ採用されたのです。

難しい

正社員ではなく派遣社員ですが経理の仕事に採用されました。派遣なら少し敷居が低かったのかなと思いますが個人的にはあまりこだわりがないので非常にラッキーでした。程よく前職からのレベルアップという感じで高度に売掛金や買掛金の管理も発生します。逆に社会保険、給与関係は別部署でやるとのことで減りましたが、総合的に見ると最高の転職となりました。

体調が悪くなり退職→入院

せっかく採用された経理事務ですが、退職することにしました。毎日部長クラスがイライラしながら会議と言い合いばかりしていて空気が非常に悪い会社だったので迷いはありませんでした笑

最終日には1日のうち数時間しか歩ける時間がない様な状態になっていたので正解だったと思います。

元々大きな病院で見てもらっていて、就職を機に土曜も診察してもらえる地域の病院を紹介してもらって8年ぐらい通っていたのですが、その病院にも「大きい病院で見てもらった方がいいかも・・・」と言われ元々行っていた大きい病院へ逆紹介してもらいました。日程が整い次第すぐに入院。

1ヶ月で退院し、その後も免疫抑制剤の点滴のため2泊の入院を5回。その間は1日だけのアルバイトを何度かしました。親にも妻にも生活費を助けてもらっていましたが住宅ローンも車のローンも全く足りずどんどん借入は増えるばかり。その返済分も増えていきますので完全なるパンク中です。

どうにかフルタイムへ復帰

やっと令和5年の秋にフルタイムで仕事をする事ができる程にまで体調が回復しました。

とりあえず収入がいるので経理などやりたい仕事を探している場合ではなく、とにかく人手がいる工場のライン作業にすぐ決めました。派遣の仕事なのですが、給料の前借り制度のある派遣会社なのでそれを利用しどうにか支払いを間に合わせています。

任意整理をしたのですがすぐに分割の司法書士報酬を支払う必要があるため給料日等の関係で結局ギリギリか少し足りない状況になっています。しかし月々の支払いをトータルで見ればかなり楽になっていますし、総支出がちゃんと給料の範囲内になったのです。ここを乗り切れば後は仕事を続け空いた時間にアルバイトをすることで体勢を立て直せるため後一歩がんばりどころです。

よろしくお願いします。

以上の様に収入面はボロボロですが、体が使えなくなった事をきっかけに事務仕事への転向を考え、資格取得したことで未経験から経理の仕事へ就く事ができました。また少ない経験で転職にも成功しています。

この様な経験を元に主に経理事務、給与計算・社会保険事務への転職について書いていこうと思います。

どうぞよろしくお願いします。

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